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中国漁船で働くインドネシア人船員への虐待!中国漁船から逃げ出したインドネシア人青年indo

 インドネシアで、中国漁船で働くインドネシア人船員への虐待が問題になっている。中でも人々に衝撃を与えたのは、船上から遺体が無残に海に投げ捨てられる動画だった。



船員の多くは地方出身の貧しい若者だ。劣悪な労働環境にも関わらず、「月給300ドル(約3万円)」が魅力的で従事してしまうのだという。今年4月、中国漁船から逃げるため海に飛び込み、漂流後に救助された元船員の男性が、壮絶な体験談を語ってくれた。


船員への虐待疑惑は5月、韓国のMBCテレビが報じたことで表面化した。この男性が乗り込んだものとは別の漁船が韓国南東部・釜山港へ寄港した際、船員が韓国政府に助けを求めたという。船員は船内で遺体を遺棄する様子が映された動画を渡し、これがソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で瞬く間に拡散した。



衝撃的な映像にインドネシア国民の間では中国への不信感や怒りが広がり、インドネシア政府に対して真相究明を求める声が高まった。こうした世論に押されるように放送から2日後、インドネシアのルトノ外相は、過去数カ月間で中国漁船で働いていたインドネシア人船員4人が死亡し、うち3人の遺体が海に遺棄されていたことを明らかにした。複数の漁船で同様の事件が相次いだことで、両国の間で外交問題に発展している。


◇主食は期限切れのカップ麺


インタビューに応じてくれた元船員の男性は、東ジャワ州ルマジャン県出身のマシャリ・ファルディアンシャさん(21)。地元で職業訓練学校を卒業後にバイクや自動車の修理工場で働いていたが、生活は苦しかった。



そんな時、これより給料のいい中国漁船の船員の求人があると聞き、フェイスブックで探し出したインドネシアの仲介業者に連絡を取った。すぐに返信があり、中部ジャワ州テガル市にある業者の宿泊所に呼ばれた。仲介業者からは、月給300ドルで3カ月ごとに家族の口座に入金されると説明を受けた。東ジャワ州の最低賃金は月額約130ドルなので、300ドルは魅力的だろう。


間もなく海上での救難訓練など1週間の研修が行われた。研修を終えた後、1カ月ほどは何もすることがなく、ただ、出発を待つだけだった。。マシャリさんは「宿泊所で食べて寝るだけだったので、早く仕事をして稼ぎたかった」という。まさかその後に命の危険が迫る日々が待っていようとは、夢にも思わなかったのだろう。


2019年9月半ば、マシャリさんはインドネシア各地から集められた同じ年ごろの男性20人と一緒にジャカルタから飛行機でシンガポールへ向かった。シンガポールに到着すると、行き先は4、5人ずつで分かれた。マシャリさんはサウジアラビアとオマーンに向かうという中国の漁船に乗り込むよう指示された。外国漁船で働くリスクも、身を守る方法も、何も知らないままだった。



仕事は乗り込んだその日から始まった。1日の睡眠時間は長くても3時間ほど。少しでも時間があれば網の修繕など雑用を言いつけられた。


主食は賞味期限が切れたインスタント麺だった。次第に空腹に耐えきれなくなり、中国人船員の食料を盗み食いしてしのぐようになる。飲み水は海水を蒸留した茶色くにごった水で、最初は飲み込むこともできなかった。


◇同僚の死


乗船してわずか2週間で、仲間の一人は激しく衰弱した。シンガポールで漁船に一緒に乗り込んだタウフィクさん(31)の爪がはがれ、網を引くこともできなくなったのだ。それでも休むことを許されたのはたった2日間だけだった。マシャリさんは、塩分を含んだ飲み水が体調悪化の原因ではないかと疑ったが、他に口に出来るものがなく、飲まないわけにはいかなかった。まともに体が動かなくなったタウフィクさんは19年12月、中国人の船員に暴行された直後に意識を失い、息を引き取った。



中国人たちは、まさか死に至るとは考えていなかったのだろう。中国人船長を含めた乗組員皆がパニックに陥った。マシャリさんも恐怖に襲われたが、努めて平気なふりを装った。「騒ぎ立てたら次は自分が同じ目に遭わされると思って怖かったから必死だった。生きて帰ることだけを考えた」ためだった。


タウフィクさんの遺体は別の船に移してシンガポール経由で故郷に帰すことになり、マシャリさんらがビニールシートに包んで冷凍庫に入れた。ところが、船がオマーンに近づくと、船長は遺体を海に遺棄するようマシャリさんたちに迫った。理由も説明もなかった。マシャリさんらは拒否したが聞き入れられなかった。せめて遺族に知らせるためにと、スマートフォンでビニールシートに包まれたタウフィクさんの写真を撮ろうとしたが、これも許されなかった。


◇マラッカ海峡へダイブ



タウフィクさんの死後、途中で新たな船員が加えられ、何事もなかったかのように航海は続いた。故郷から遠く離れた海上では助けを求めることもできず、マシャリさんはただひたすら働いた。そんな時、マシャリさんの漁船がインドネシアに寄港するという話を耳にした。「船がアチェに立ち寄ると聞いた時は本当にうれしかった。帰れるかもしれないと思ったから」。マシャリさんはほっと胸をなで下ろした。


ところが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、アチェへの寄航は取りやめになり、漁船は中国に向かうことになったというのである。マシャリさんは、船長に最寄りの島で下船させてほしいと訴えたが笑い飛ばされた。もう海に飛び込んで逃げよう。そう考えて飛び込もうとしたが中国人船員に見つかり、引き戻された後に暴行された。体中が傷だらけになった。


ならば、中国人船員に見つからないように、暗くなってから海に飛び込むしかない。マシャリさんは覚悟を決めた。「最初は新型コロナ(が世界的に大流行している)なんて信じていなかった。でも本当だと分かった時は心底がっかりして、下船できないなら飛び込もうと決めたんです」


4月12日未明のことだった。ほかのインドネシア人船員3人と一緒にマラッカ海峡の真っ暗な海に飛び込んだ。魚を保管するための発泡スチロールにつかまって半日ほど漂流し、近くを通りかかったフィリピン漁船に救助された。それまでの間、茶色く濁った飲み水で空腹をしのいだ。「助かる可能性はゼロに近いと思ったが、あの漁船で殺されるよりは海で死んだほうがましだと思った」とマシャリさんは振り返る。



救助後にマレーシア当局に引き渡され、治療と事情聴取を受けて、ようやく帰国した。船にとどまることにした他のインドネシア人船員の2人とはその後、連絡が途絶えたままだ。


◇出稼ぎに頼らざるを得ない経済事情


帰国後、家族の口座を確認してみると、入金されていたのはたった150ドルだった。7カ月近く働いたのだから、本来は2000ドルほどの支払いがなければならない。インドネシア政府も交渉に加わったが、マシャリさんが最終的に得られたのは1000ドルに過ぎなかった。


それでもマシャリさんは「中国漁船はもう懲りたが、また出稼ぎには行きたい」という。地元でバイク修理をして得られる金額では家族を支えられないためだ。「いつか給料も環境もいいと聞いた日本の工場で働きたいと思っている。そのためには日本語を勉強する費用もためないといけないから。神様が生きるチャンスをくれたし、一度しかない人生だから次こそうまくやらないと」と前向きだ。命からがら逃げ出したばかりだというのに、もう次の勤め先を考えているという。


インドネシアは2045年の先進国入りを目指して経済発展にまい進する。ただ、首都ジャカルタと地方の経済格差は拡大する一方だ。


さらに、新型コロナの影響で国内の経済状況は悪化し、失業率や貧困率は上昇している。地方では今後、中国漁船など海外での出稼ぎを希望する労働者が増えると予想される。


インドネシアの人権団体は、船員の安全が確保されるまで外国漁船での就労を一時的に禁止すべきだと訴える。インドネシア船員の権利保護監視団体「Destructive Fishing Watch(DFW)」のモハマド・アブディ・スフファン氏は「政府間の交渉を見ているかぎり、暴力的な慣習や搾取が終わるとは思えない。インドネシア政府は仲介業者の選定を強化し、出稼ぎ労働者にも強制労働や人身売買の被害に遭うリスクを啓発する必要がある」と訴える。

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