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韓国、独島は存在しないと認めてしまう「Osimiニュース」

 朝鮮日報が妙な記事を出してきた。韓国が領有権を主張する独島は実は独島ではなく”石島”だったというのだ。元々独島なる島が鬱陵島の行政区域に編入されたという公的な記録を見つけ出すことが難しく、朝鮮半島南部の住民は最初から石島と呼んでいたという。音だけ聞いて”独島”という架空の島をでっち上げたというのが真相のようだ。



10月25日は「独島の日120周年」に当たる日だった。この日は、1900年10月25日に制定された大韓帝国の「勅令第41号」が石島を鬱島郡(鬱陵島)の管轄区域内に置くと明示したことを記念する日だ。韓国側は「石島」が独島の別表記だという立場だが、日本側はそうではないと主張している。


「石島は明らかに独島」であることを立証する新たな根拠が提示された。ハンア文化研究所の所長で独島研究家のユ・ミリム氏は24日、独立記念館が開催した学術会議の発表文で「1968年以前は勅令第41号の内容は知られていなかったが、多くの学者が石島を独島の別名と認識していた」と明かした。



1950年代に日本が独島の領有権を主張した時点でも、韓国外務部(省に相当)は独島が鬱陵島の行政区域に編入されたという公的な記録を入手することに失敗した。しかし68年に法学者の李漢基(イ・ハンギ)ソウル大学教授が、大韓帝国議政府総務局の刊行した『法規類編 続弍』で当該部分を見つけ出したことで、勅令第41号の内容が初めて知られるようになった。



そのときまで、勅令第41号で「石島は鬱島郡の管轄」だとしたことを誰も知ることはできなかったのだ。ところが68年以前の時点でも、方鍾鉉(パン・ジョンヒョク)、李崇寧(イ・スンニョン)、洪以燮(ホン・イソプ)、朴観淑(パク・グァンスク)、黄相基(ファン・サンギ)、柳洪烈(ユ・ホンリョル)、朴大錬(パク・テリョン)など多くの学者が「石島」を独島の別名だと紹介していた。勅令第41号を見て「石島」を独島だと主張したわけではなく、もともと独島の別名が石島だったことになる。19世紀末、湖南(全羅道地方)出身の住民らが「石の島(トルソム)」という意味でこの島を「トクソム」と呼び、この意味を取って表記したのが「石島」、音を取って記したのが「独島」だった。



妙なんだよな。韓国が言うところの”独島”が竹島だったという記述がどこにもないばかりか、独島自体が架空の島で実際には石島だったと言っているようにしか聞こえない。

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