Osimiニュースへようこそ (^_^) 良い一日を

金正男暗殺、「真相」は、忘れたころに、語られるmasao

 「真相」は、忘れたころに、語られる。


世界を揺るがした暗殺事件の謎に切り込む映画「わたしは金正男を殺してない」が、今年10月から日本各地の映画館で公開された。初めて公になる音声記録や文書を詰め込んだ本作の魅力は、その資料的な価値の高さだけにとどまらない。映像を見れば見るほど、実行犯に仕立てられた女性2人の転落劇が、他人事とは思えなくなってくるのだ。



事件は2017年2月13日午前9時前、マレーシアのクアラルンプール国際空港で起きた。


出発ホールを歩く金正男の顔に、女性2人が猛毒VX入りの液体を塗りつけた。金正男は救命処置を受けたが、激しくけいれんして2時間後に死亡。地元警察は監視カメラの分析などから数日後に女性2人を逮捕したが、指示役の北朝鮮工作員たちは既に出国済みで逮捕できなかった。


本作の撮影チームは、罪をかぶることになった女性2人の裁判に焦点を当て、記録を掘り起こしていった。


「陰の主人公たち」を描く


本作が、事件を追体験させるような臨場感を生み出している第1の理由は、撮影チームの目線の低さだ。監督ら撮影チームは、遠くの国で起きた難解な事件を、誰にでも分かるようにかみ砕くことに成功した。



カメラの照準を「陰の主人公たち」に絞り、事件をぐっと身近なものにした。「陰の主人公たち」とは、実行犯に起用された田舎育ちの若い女性2人のことだ。


貧しい家に生まれ、夜の世界でしのいでいたインドネシア国籍のシティ・アイシャ(当時25歳)と、アイドルを夢見て、芸能界を目指していたベトナム国籍のドアン・ティ・フォン(当時28歳)は、偶然知り合ったカメラマンにスカウトされ、通行人の顔にオイルを塗るイタズラ番組に出た。そのカメラマンが実は北朝鮮工作員で、通行人が金正男、オイルが猛毒VXだったと気づいたのは、逮捕後のことだった。


バイト感覚でイタズラに及んだ彼女たちは、思いがけず人を死に追いやり、死刑が適用される殺人罪で裁判にかけられることになった。スパイ小説を地で行くような展開に、「話が出来すぎではないか?」と思うかもしれないが、撮影チームが集めた証拠を見ていくうちに、その疑念は解きほぐされていく。



第2の理由は、撮影チームの取材手法にある。ハンディーカメラを構えた撮影チームは、日々のニュースを追うメディアとは違った動きで取材していた。


普通は捜査機関(警察や検察)から情報を得るのが定石だが、撮影チームは捜査機関の対局にいる女性側(弁護団、家族、知人)にアプローチした。その逆張りの取材手法が、多くのメディアが見落としていた切り口や素材を、撮影チームにもたらした。


例えば、捜査機関側と女性側の裁判での駆け引きは、法廷内の撮影が禁じられたり傍聴席が少なかったりする制約によって、どのメディアもうまく描けないでいたのだが、女性側の信頼を得た撮影チームは法廷内のやりとりを残した音声記録を入手することで、法廷内の心理戦を本作で巧みに描き出している。


死刑を科そうとする検察官や、検察官を疑おうとしない裁判官、それに抵抗する弁護士の実際の声音を聞くと、まるで自分が法廷に立って死刑を求刑されているかのような感覚におそわれるだろう。そして、それがフィクションではなく、実際に女性2人の身に降りかかった惨劇だということを、まざまざと見せつけられるのである。



また、撮影チームは、事件前に彼女たちが家族や知人と交わした通話アプリの記録も入手し、映画の中で取りあげている。通話アプリの記録は、彼女たちが最後まで「イタズラ」だと信じ込んでいて、事件の計画を知らされていなかったことをうかがわせる内容で、殺意の有無を調べる上での欠かせない資料となっている。


撮影チームの「最大の成果」


本作の見どころを書き進める前に、撮影チームと私の接点についても、少し触れておきたい。


私は2017年2月13日の事件発生後にマレーシアのクアラルンプールの現場に入り、足かけ2年半、現地に通った。



事件当初は数百人の報道陣が詰めかけたが、時間が経つに連れてその数は減り、取材しやすい環境が整っていった。そのため、私は関係者に再び接触する作業を続けていたのだが、あるとき、撮影チームから「ドキュメンター作品を作っています」「あなたが書いた記事で聞きたいことがあります」と連絡が来た。金正男が事件4日前に米情報機関員と密会していたことを報じた記事への問い合わせだった(拙著『追跡 金正男暗殺』の第2章「殺害までのカウントダウン」参照)。


撮影チームは米西海岸を拠点としていて、裁判のたびにクアラルンプールに出張していた。日本語の記事も英訳し、熱心に読み込んでいたので、助言しやすかった。日の出前から同じ現場に張り込み、捜査車両を追いかけたこともあった。本作のエンドロールに私の名前があるのは、そんな縁からだ。



撮影チームの最大の成果は、長い裁判の末に釈放された女性2人のインタビューをものにしたことだ。詳しい内容は本作に譲るが、事件について口を閉ざしてきた彼女たちがカメラの前で胸の内を語るのは、私が確認している限り、本作とフジテレビの取材をのぞいて他にない。


これも弁護団の信頼を得ていたからこそ、実現できたことだろう。工作員にそそのかされ、捨て駒として放置された末、20代後半の2年を拘置所で暮らすことになった彼女たちの訴えを聞くと、いたたまれない気持ちになってくる。


興味深いのは、北朝鮮工作員が彼女たちをだます際の道具として、「日本」を使っていたことだ。シティは、ナイトクラブで日本人客を探していたところ、日本人に扮した北朝鮮工作員ジェームズに声を掛けられ、事件に巻き込まれた(拙著の第4章「工作員を好きだった実行犯」参照)。



またフォンは、韓国人をかたる北朝鮮工作員ミスターYに、日本の番組に出ないかと誘われ、イタズラ撮影に引きずり込まれた(拙著の第3章「アイドルを夢見た実行犯」参照)。


彼女たちが事件に関わることになった背景には、日本や韓国との格差の中で、利用したり利用されたりしながら、這い上がろうともがく東南アジアの女性たちの群像が見えてくる。


歴史を検証する者たちのリレー


ここまで理解が進むと、「イタズラだと信じ込んでいた」という彼女たちの言い分が、まんざら噓でもないと思えてくる。加害者として裁かれた彼女たちが、別の見方をすると被害者でもあった側面が、見えてくる。



ただ、彼女たちが語っていることを、そのまま鵜呑みにしていいわけでもない。彼女たちが北朝鮮工作員の甘言に乗せられ、利用されたことは間違いなさそうだが、事件前にシティが通行人の目にタバスコを塗りつける悪質なイタズラをしていたことや、釈放後にフォンが事件を踏み台にして耳目を集めるような振る舞いを見せていたことなど、不都合な側面は本作でも触れられていない。


彼女たちのインタビューが、どれほど確からしいかを検証するには、時や場所や相手によって変わる発言を、他の証拠と突き合わせていくしかない。


なかでも、彼女たちが自分に不利なことも吐露している逮捕直後の供述調書(同3章の付録)は、インタビューの信憑性を見定める上で重要な指標になる。


また、供述調書に捜査官の勘違いや誘導の可能性があることを踏まえれば、拘置所で弁護士や大使館員と面会した際の彼女たちの発言記録(同4章の付録、本作の中盤)と照らし合わせるのも有効だ。複数の資料を比べると、彼女たちの発言の真意が、より鮮明に浮かび上がってくる。


本作を見終わった後には、見る前と全く違った事件の構図が見えてくる一方で、逆に多くの疑問が湧き上がってくるかもしれない。


なぜ彼女たちは北朝鮮工作員に殺されなかったのか、なぜ殺害現場にマレーシアが選ばれたのか、なぜ2017年2月でなければならなかったのか、北朝鮮工作員は何者だったのか、金正男の遺体はどうなったのか、そして最後に、なぜ金正男は殺されたのか……。


こうした疑問を解きほぐすには、拙著の第8章「残された謎」のほか、毎日新聞特派員が手がけた『なぜ金正男は暗殺されたのか 自滅に向かう独裁国家』(毎日新聞出版)や、生前の金正男へのインタビューがまとまった『父・金正日と私 金正男独占告白』(文春文庫)などが参考になる。


惜しむらくは、本作に北朝鮮当局へのインタビューが盛り込まれなかったことだ。この手の取材では、カウンターコメントを取ることが理想とされているが、今回それが見送られたのは、監督が取材者の安全を優先したからだろう。私も何度か北朝鮮当局者から面談の申し入れを受けたが、身の安全を考慮して接触をあきらめた。


いつか時代がめぐり、内幕を知る人物が名乗り出ることがあるかもしれない。その時には、本作を初めとする資料の蓄積が、当事者たちの証言を振り返り、何が起きていたかを検証する、手がかりになるに違いない。


本作の上映が終わっても、本作に刺激を受けた作家や記者、歴史家、内務告発者などの検証のリレーは続く。積み上がった証拠を前に、いつか事件の黒幕が、「わたしが金正男を殺した」と認める日が来ると信じたい。

Share:

0 件のコメント:

コメントを投稿

ホット動画

注目のビデオ

Popular Posts

ブログ アーカイブ

最近の投稿

ページ