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ユ・サンチョル氏、韓国のレジェンドが死去…韓国人元Jリーガーj

 元韓国代表MFユ・サンチョル氏が7日、死去した。49歳だった。韓国サッカー協会(KFA)が発表している。



2019年に仁川ユナイテッドFCの指揮官を務めていたユ・サンチョル氏は、同年11月に自身がステージ4の膵臓がんを患っていることを公表していた。


ユ・サンチョル氏は現役時代、蔚山現代FCのほかに横浜F・マリノスや柏レイソルでもプレーした。横浜FMでは、2000年のファーストステージ優勝を経験。その後、2003年に復帰すると、完全優勝に貢献した。


また、韓国代表としても124キャップを記録し、FIFAワールドカップにも1998年と2002年の2大会出場。2002年の日韓W杯では、韓国のベスト4入りに貢献した。2006年の現役引退後は、指導者として大田ハナシチズンや全南ドラゴンズ、仁川ユナイテッドFCなどを指揮した。



KFAは、「あなたの叫び、栄光の日々を決して忘れはしません。ご冥福をお祈りいたします」とレジェンドの死を悼んだ。


2020年2月には古巣の横浜FMサポーターが、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)開幕節の全北現代戦で「頑張れ!ユ・サンチョル」と記した横断幕を掲出。リーグ優勝に大きく貢献した元韓国代表指導者に対して応援メッセージを送ると、その試合を「テレビで見ていた」というユ・サンチョル氏が、直接ファン・サポーターへ感謝を伝えたいという思いのもと来日。日産スタジアムでファン・サポーターの前に立ち、スピーチを行っていた。



クラブや代表で偉大な足跡を残したユ・サンチョル氏、GK以外のどのポジションでもこなせるユーティリティープレーヤーとして知られ、韓国代表としても長年活躍。2002年日韓ワールドカップ(W杯)ではベスト4進出に貢献した。


また、J1リーグでも通算113試合44得点を記録。特に横浜FMには1999年から2000年と、03年から04年の2度在籍し、リーグ優勝も経験している。現役引退後は指導者の道に進み、19年5月に仁川ユナイテッドFCの監督に就任するも、同年11月にステージ4の膵臓癌であることを公表し退任した。



20年2月には、韓国で行われたAFCチャンピオンズリーグの試合で、横浜FMサポーターが「頑張れ! ユ・サンチョル」と記した垂れ幕を掲げ、それに反応する形で後日、本人が来日してサポーターに挨拶する場面もあった。


その後も闘病生活を続けるなか、韓国紙「スポーツ朝鮮」やスポーツ・芸能総合サイト「OSEN」などは2日、韓国プロサッカー選手協会がユ・サンチョル氏のがん克服を願って募金活動を行い、寄付金を贈ると伝えた。「スポーツ朝鮮」などは選手協会のキム・フンギ事務総長のコメントを紹介しており、「FIFPro(国際プロサッカー選手会)もユ・サンチョル前監督が闘病していることを知っており、心配であると伝えてきた。何人かの日本の選手たちも、監督のニュースを聞きサポートの声を送ってきた」と、国外からもユ・サンチョル氏を心配する声が寄せられていたという。


また、募金開始にあたり韓国の元Jリーガーの声も紹介されており、かつてジュビロ磐田とガンバ大阪で活躍し、選手協会会長を務めるFWイ・グノ(大邱FC)は「ユ・サンチョル監督は強い。必ず乗り越えられる」とエールを送っていた。磐田や鹿島アントラーズなどでプレーし、同副会長を務めるDFパク・チュホ(水原FC)も、少年時代の憧れの存在だったことを明かしながら「グラウンドに戻って元気な姿を見せてくれると信じている」とコメント。現役時代に闘志みなぎるプレーで、韓国だけでなくJリーグのファンも魅了したユ・サンチョル氏のがん克服を、誰もが願っている。


ただし、ユ・サンチョル氏が7日夜にがんのため死去した。

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