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久保建英、茫然自失…なぜエース久保建英は「涙も出てこない」と語ったのかt

 またしても鬼門を突破できなかった。これまでに2度挑み、ともに敗れている五輪の準決勝で、快進撃を続けてきた男子サッカーのU-24日本代表が涙を飲んだ。



U-24日本代表MF久保建英がスペイン戦敗戦に悔しさをにじませた。試合後のフラッシュインタビューで語っている。


試合後のフラッシュインタビューに応じる姿が、ショックの大きさを物語っていた。いつもならばインタビュアーを見つめてそらさない視線が終始、下へ向けられていた。声のトーンも明らかに低い。言葉が途切れた合間には大きく息をついた。



ベンチの前に座って両ひざを抱えたまま、MF久保建英(レアル・マドリード)は虚ろな視線をピッチへ送っていた。延長戦突入とともにMF三好康児(ロイヤル・アントワープ)と交代。夢の終わりを告げるホイッスルをピッチの外で聞いた。


「何もないですね。出すこと全部やって負けたので、涙も出てこないですし。うん、なんでしょう………まあ次ですね」


涙も出てこない――は真逆の感情を押し殺すための、精いっぱいの強がりだったのだろう。スペインの印象を問われた久保は、伏し目がちのまま必死に言葉を紡いだ。



「上手かったし、強かったし、自分たちもしっかりとプランを練って臨んだつもりでしたけど、あと一歩及ばなかったかなと思います」


並々ならぬ決意を抱いて臨んだ大一番だった。PK戦の末にU-24ニュージーランド代表を下し、ベスト4進出を決めた7月31日の準々決勝の直後。延長戦を含めて120分間プレーするもゴールに絡めなかった久保は「チームを助けられず、自分自身、迷惑をかけけしまった」と反省の弁を漏らしながら、準決勝での活躍を誓っていた。


「グループリーグが始まるときから、準決勝は普通にいけばスペインだろうなと思っていた。自分のなかで(目の前の試合を)ひとつひとつという話はしていましたけど、自分はここに100パーセントの力で、いや、120パーセント、150パーセントでチームを勝たせたい。どうせあと2試合やるなら、最終日に決勝の舞台で戦いたいので」



川崎フロンターレの下部組織でプレーしていた2011年夏に、当時小学校3年だった久保はラ・リーガの名門バルセロナのカンテラ(下部組織)の入団テストに合格。スペインでプロになる夢を描きながら、異国の地で心技体を磨き続けた。


年代別に分けられたチームを順調に昇格していったが、バルセロナが18歳未満の外国人選手の獲得および登録違反で制裁措置を受け、久保も公式戦への出場停止処分を受ける対象になった。処分が解除される見通しがまったく立たない状況で、思い悩んだ末にバルセロナを退団した久保は2015年春に帰国し、FC東京の下部組織に加入した。



母国で再出発をスタートさせた久保の胸中で、しかし、スペインへ抱いた憧憬の念は消えなかった。国際移籍が可能になる18歳で再び海を渡る決意を固め18歳の誕生日となる2019年6月4日で満了となる異例のプロ契約をFC東京と結んだ。


一時的に所属クラブなしとなった直後の同年6月14日に、オファーを受けたレアル・マドリードと電撃契約。夢を成就させた久保は最初のシーズンをマジョルカ、昨シーズンをビジャレアルおよびヘタフェに期限付き移籍して武者修行を積んだ。


自らの土台を作ってくれたのがスペインならば、才能を大きく花開かせ、日の丸を背負う存在へと導いてくれたのもスペインとなる。東京五輪に臨むU-24代表へ正式に選出され、事前キャンプに参加していた7月中旬。壮行試合としてU-24スペイン戦が組まれていた日程に感謝するかのように、久保はこんな言葉を残している。



「僕がいまここにいるのはスペインを含めて、これまでに巡りあった指導者やチームメイトたちのおかげであり、同時に自分の努力の結果でもあると思っています。いままでめげずにやってきた自分を素直に褒めたいという気持ちもありますけど、まだスタートラインに立っているだけであり、始まりよりも終わりが大事だと思っています」


久保が言及した「終わり」とは、短期的な視点で言えば金メダル獲得をチームの目標として共有している東京五輪であり、長期的には現役を引退する時点で残している実績や数字となる。そして、前者の組み合わせ抽選を終えたときに抱いた、日本はグループAを、スペインはグループCを首位で勝ち抜いた先の対峙する準決勝を迎えた。


「悔しいですね。個人的にはけっこう気持ちが厳しいですけど……」


途切れそうになる気持ちを奮い立たせるように、チームに経験と新たな力を加えてくれた3人のオーバーエイジのうち、前々回のロンドン五輪の準決勝でメキシコに、3位決定戦で韓国に敗れた吉田、DF酒井宏樹(浦和レッズ)の名前を久保はあげている。


「麻也さんと宏樹君はここ(五輪)で4位になっているから、メダルを獲りにいこうという話になって。個人的にも2人にそういう思いをさせたくないので、自分の100パーセントの力を出して、メダルだけは取って帰りたいと思います」


歴史は繰り返されるというべきか。1968年のメキシコ五輪の3位決定戦では、開催国メキシコをFW釜本邦茂の2ゴールで撃破した日本が銅メダルを獲得した。53年の歳月を経て東京で開催されている五輪で、開催国日本とメキシコが再び銅メダルを争う。


吉田も努めて前を向きながら、フラッシュインタビューで言葉を紡いだ。


「次、勝つしかないですね。あまり精神面を話すのは好きではないんですけど、ここまでいたらメダルを取りたいという気持ちが強い方が勝つと思うので。もうひとつ自分たちを突き動かして、最後、メダリストとして笑って終わりたいと思います」


五輪でよく言われる言葉に、「銀メダルは負けて手にするが、銅メダルは勝って終われる」がある。U-24代表として迎える最後の戦いへ。メダリストになって解散する――を合言葉にしながら、久保をはじめとする選手たちは失意を新たなエネルギーに変換させて、グループリーグ第2戦で2-1の勝利を収めているメキシコとの再戦に臨む。

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