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プロ生活は11年が止まり…斎藤佑樹が現役引退

 日本ハムは1日、斎藤佑樹投手が現役を引退すると発表した。早実高時代の2006年夏の甲子園を制し“ハンカチ王子”として注目された斎藤は、早大を経て2011年日本ハム入団。プロでは右肩と右肘の故障もあり、11年で88試合に登板し15勝26敗、防御率4.34の成績だった。



斎藤は2011年、ドラフト1位で早大から日本ハム入団。1年目は球宴に出場するなど19試合に登板し6勝6敗の成績を残した。ここ2年は1軍登板がなく、昨オフには右肘の靭帯を断裂していることが判明。今季途中に2軍で実戦復帰し11試合で3勝1敗、防御率5.63という数字を残していた。


早実高時代には2006年夏の甲子園、決勝再試合の末に駒大苫小牧高を下して優勝、マウンドで青いハンドタオルで汗をぬぐう姿が話題となり「ハンカチ王子」として日本中をフィーバーに巻き込んだ。



球団を通じて「今シーズン限りでの引退を決断いたしました。ご期待に沿うような成績を残すことができませんでしたが、最後まで応援してくださったファンの方々、本当にありがとうございました。約11年間、北海道日本ハムファイターズで最高の仲間とプレーすることができて幸せでした」とのコメントを発表した。


3年夏の甲子園での輝きを覚えている人は多いはずだ。ハンカチ王子は社会現象のようになり、東京六大学にも数多のファンが足を運んだ。やや停滞気味だったアマチュア野球を活性化させた存在だけに、厳しいプロの世界に挑み、現役生活を退く決断をした今は、「お疲れ様」のひと言でいいだろう。



早稲田実業と駒大苫小牧の決勝戦が延長15回の熱戦の末、引き分けになったのが2006年8月20日の日曜日。翌日に「これは凄い。観に行かなあかん」と甲子園に行こうとしたら試合開始1時間半前の梅田駅で「本日の入場券は売り切れました」とのお知らせが。当時は大会前半なら空席も目立つ時代で、本来試合予定のなかった月曜日にこの事態は全くもって予想外。社会現象と呼ぶに相応しい熱狂ぶりでした。甲子園人気が高まったのも、注目選手がよりフューチャーされるようになったのもこの年がきっかけかなと思います。


プロの世界で大活躍とはなりませんでしたが、間違いなく野球界に大きな影響を与えた1人でした。お疲れ様でした。



早稲田大学時代、斎藤佑樹投手はまさに”持っている男”でした。入学するとすぐ1年春の大学選手権でMVPに。4年秋は明治神宮大会で優勝して有終の美を飾り、自らマイクを握るとこう言いました。「今日、何を持っているか確信しました。それは仲間です…」。思えばこの時が野球人生のピークだったかもしれませんが、東京六大学野球を、アマチュア野球を盛り上げた功績は計り知れません。本当にお疲れさまでした。


夏の熱闘から1か月半後の10月4日、同じく早実と駒大苫小牧の顔合わせで行われたのが第61回国民体育大会『のじぎく兵庫国体』の高校野球硬式決勝でした。会場の高砂市野球場はアマ野球だけでなく、2000年初めまではプロ野球のオープン戦や2軍公式戦が行われていたものの、JRの最寄駅から徒歩20分以上かかる地方球場。そこに平日、徹夜組を含め7200人も詰めかけたため大ニュースになりました。私の地元でもあり、近くに住む友人が戸惑っていたのを思い出します。そして、球場には“ハンカチ・メモリアル・スタジアム”という愛称までつけられたことも。



プロ入り後の斎藤投手にお会いしたのは、残念ながら全てファームの試合でしたが、当時の取材メモを見返すと「ごく自然に語彙を連ね、スマートに答える姿がとても爽やかな印象」と書いています。いまだ付いてくる“王子”の文字から、ようやく解き放たれるのですね。お疲れ様でした。

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